よく、脳内独り語りの中で、「言及する」という言葉を使ってしまう。

これは、英語のmentionだったり、スペイン語のdecirに近い訳語で、とても便利だけど、日本語で言うとちょっと(というかかなり)堅い。

「言う」だと、「発話している」印象を受けるので、例えばYouTubeの動画の中に、ちょっとした文章(カジュアルなもの)が文字で挿入されている場合に、「誰々さんがYouTubeで○○と言っていた」というのには微妙に違う。その情報自体は「文字で」読むわけだから。

かといって「YouTubeで書かれていた」というのも、ちょっと違う。YouTubeが基本、「動画」という概念が先行してしまうから。何か違和感を覚える。

あえて言うなら「触れる」が語感として近いのかな、とも思うけれど、ちょっとかしこまった感じだし、ポエティックに聞こえる。普段、家族や友人と話す時には「○○について触れる」なんて言わない。

「述べる」でもいいけれど、ますます堅くなる。

なので、結局、堂々巡りで「言及する」に行きついてしまい、脳内独り語りの中で多用している次第。

これだと、「発話で言っていた」のか、「文字で言っていた」のか、特に気にせずに使える。

「言う」と「書く」の要素が合わさった、2 in 1のミニマルな言葉だと思う。

これほど便利な言葉が、日本語の日常会話であまり一般的に使われていないのは何故だろう?

・・・「言及する」を、もっと身近な感じで使いたくて、日々歯がゆい思いをしているのは私だけだろうか?