Life with a bit of c'laziness'

炭酸水を思わす、淡いガス抜きブログです☆ シュワシュワっと、毎日綴れたらいいな。

カテゴリ: 日々のあれこれ

暦もいつしか11月になり、「今年も残すところわずか○○」という言葉がよく聞かれる時期になってきた。


暦と言えば、英語では「Calendar(カレンダー)」。


我が家では、必要最低限の数だけカレンダーを持って、それぞれ活用している。


具体的には、冷蔵庫に貼る家族のスケジュール確認用の月めくりカレンダーが一つ。


そしてトイレに飾って、日々のバイオリズム(周期)の確認用の月めくりカレンダーが一つ。


最後に、トイレのコーナーに置く日めくりカレンダーが一つ。
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上二つの実用的な目的で使うものは、記入スペースがしっかりあること以外の要素は求めないけれど、トイレの日めくりカレンダーに関しては、毎年よく考えて買うようにしている。


ちなみに、一昨年は、日めくりで英語表現を覚えるカレンダーを購入した。これは我が子に少しでも英語に慣れ親しんでもらいたくて買ったものだけれど、内容が小学生にはかなり難しかったらしく、全く活用出来なかった。


そして去年は、かわいい猫の写真の日めくりカレンダーを購入したのだけれど、めくり忘れがけっこう発生して、結局、紙の無駄となってしまった気がする。


そこで、気がついたのだけれど、日めくりカレンダーには、「どうしてもめくりたい!その先が知りたい/見たい」という強いモチベーションがないと、めくる手間を面倒くさいと感じてしまって、せっかくコストが無駄になってしまう。


なので、それを踏まえて、今年の日めくりカレンダーは、毎日1つの雑学の知識が得られるという『雑学王!365』というものを選んだ。


これはその名の通り、毎日日めくりでいろいろなジャンルから1つの雑学知識が書かれているという面白いもの。
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なぜ、トイレに置くかと言えば、そこが親子が両方とも必ずこもって一定時間過ごす場所であり、連絡事項などを掲示出来る場所だから。(なので、子供に伝えたいことがある時は、言葉で言っても空返事でスルーされることが多いので、紙に書いてトイレの内側のドアに貼っておくことにしている。)


その延長で、トイレに日めくりカレンダーを置いていくと、「今日の雑学読んだ?」「読んだ!読んだ!」という具合に、親子のコミュニケーションのアイスブレーカーの役割を果たしてくれるのだ。


思春期の走りの我が子とは、あどけなかった頃と比べて、コミュニケーションがだんだん取りづらくなってきているのを感じる。


そんな中で、たまたま導入したこの雑学の日めくりカレンダーは、意外と子供受けも良く、子供にとって大切な知識(「睡眠」の大切さなど)なども盛り込まれているので、親の育児を助けてくれる助っ人のような存在にもなっている。


特に、最近では親子そろってテレビでクイズ番組を観ることもほぼ皆無なので、それに取って代わる親子の「共通の娯楽」と化している面もある。


明日のネタは何かな?とワクワクしながら、夜眠る時もある。


そんな日めくりカレンダー、来年の分を早々ゲットして、もうメンタル面での年越し準備は、ほぼ完了!といったところだ。
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来年は+11増えて、なぜか366となっている点にも注目。


そして、来年はさらにもう一つ洗面所の近くにも、1つ新たな日めくりカレンダーを設置する予定。


それがこちらの『日めくり 現役東大生を合格させた名言』。
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うちの子が東大を目指しているというわけではないのだけれど、普段ゲーム三昧でぐーたら生活が続いているので、気持ちが引き締まるような名言を日めくりで目につくところに貼ることで、ささやかな勉学へのスイッチ入れのサブリミナル効果を期待したくて、今回購入してみた。


どんな名言が出てくるのか、親の私も興味深々。


ちょっと早いけど、来年が良い年になりますように☆




最近、肌寒い日を実感することが多くなり、いよいよ秋本番という感じになってきた。


秋は、「スポーツの秋」、「芸術の秋」、「読書の秋」など、様々な事象と関連付けされて表現されることが多いけれど、私が一番しっくりくるのはやはり「食欲の秋」


新米の美味しい季節だし、果物やキノコ類も格段においしく感じる。


一方で秋は、私にとって最も苦手な季節なだけに、必要以上に自分を鼓舞せねば、と無意識に思ってしまう季節でもある。


そんな秋の日を、鬱々せずに楽しく美味しく過ごそう、とささやかながら実行したのが、自家製のピザ作り。

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これは、手持ちのホームベーカリーを使用して、ものの1時間程度で作ったもの。
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このホームベーカリーは、いわゆるパン以外にも、ジャムやピザ生地なども作れてしまう愛用品。長年使っているけれど、我が家の家計やパンライフの楽しさを支えてくれる縁の下の力持ちだ。

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食パンをはじめ、合計7種類の食品を作ることが出来る。焼き加減を選べるのも魅力の一つ。


ピザ生地作りは、計量の部分が一番面倒くさい。

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ホームベーカリーの付属のレシピだと、強力粉は380g必要とあるので、今回は市販の粉類が全て入ったパンミックスを使ってピザ生地を作ってみることにした。

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こちらのパンミックスだと、粉が290gなので、レシピの約3/4の分量ということになる。


なので、別で追加する水やドライイースト、サラダ油をレシピ記載の量の3/4加え、あとはスイッチ一つでこねて発酵までをおまかせ出来る。


トッピングにも、自分が食べたいものをチョイス出来るし、追い乗せも自由自在!


面倒な部分(計量&コネ)をパンミックスや機械に頼れるので、楽しいクリエイティブな部分を純粋に楽しめる点がポイント。


私はルッコラとマッシュルームが大好きなので、今回はルッコラ(後乗せ)とマッシュルームをたっぷトッピングして、大好きなピザを堪能出来て満足。


食欲の秋、ウォーキングとドッキングして体重の増加に気を付けながら、楽しんでいきたい。







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先週末の猛烈台風の襲来と、それに重なるようにして来た長時間の集中力を要する仕事の依頼のダブルパンチで、昨日までの3日間、睡眠と食事の時間以外はずっと家にこもりきりで、仕事三昧の日々を送っていた。


台風が去り、仕事も無事完了したところで、ふと我に返り、周りを見渡してみると、週末をはさんでずいぶんと状況や心境が変わってしまっている。


まずは、想像以上の台風の被害。


前回の台風15号通過の際にも、千葉県を中心に甚大な被害が出たけれど、今回の台風の被災エリアは広大で、被害も数日で回復できるようなものではない状況だ。


3日間集中しまくって仕事を終えたばかりなので、自分自身も燃え尽き症候群のような症状で疲れ切ってしまっていることもあって、脳が正常に機能していないような感覚を覚える。


ブログを書こうにも、気持ちがブログへと向かわない。


そして、ハタと気づいた。


10月は神無月じゃないか!


神無月は、読んで字のごとく「神様がいない月」。


「神無月」の言葉の由来は、暮らしの歳時記というサイトには下記のように書かれている




10月は全国の八百万の神様が、一部の留守神様を残して出雲大社(島根県出雲市)へ会議に出かけてしまうと考えられてきました。
その為、神様が出かけてしまう国では神様がいないので「神無月」、反対に出雲の国(島根県)では神様がたくさんいらっしゃるので「神在月」というわけです。

 

ブロガーではない私は、ブログを、インターネットの中に神様に、日ごろの感謝の意や、商売繁盛祈願をするために記事を奉納する場という風に考えている。


なので、奉納の舞として、可能な限り頻繁に記事のを投稿することで、この神事を細々と執り行ってきたわけだけれども、ここにきて、ふと、「神様、今不在じゃないか」ということに気づいてしまった。


なので、せっかくの奉納も、神様に届いていないような気がして、急遽今月は、私自身も「記事無月」にすることにした。


これは半分言い訳のようなもので、本当は「忙しさ」「休みたさ」の両方の要素を抱えてる上に、テレビやインターネットを通じて目にする台風の生々しい傷跡や痛々しい被災地の惨状に、少なからずメンタルをやられてしまっていているから、というのが理由でもある。


自分自身が元気でないと、奉納の舞も、腐った力のないものとなってしまう。それではやる意味もない。


そんな状況を素直に受け入れて、10月の後半は、ブログの投稿をお休みしようと思っている。


神様たちもきっと、出雲の国でへべれけだし、私も、温泉に浸かったり、部屋の片づけなどをしたり、愛猫とまったりしたり、普段あまりできていない読書に時間を当てたりして、自分の隙間時間をブログ以外のことに使ってみようと思う。


11月は、「霜月」の他にも「神楽月(かぐらづき)」とも呼ばれるらしい。


神様が楽しめるよう、10月はしっかり休んで充電して、台風ショックから少しでも回復し、神楽月には心身ともにフレッシュスタートしたい。







先日関東地方に甚大な被害をもたらした台風15号上回るかもしれないという猛烈な台風が近づいているとのことで、まだ少し先だけれど、我が家の少ないながらの防災グッズを確認してみた。


台風災害で一番可能性があるのは、断水、雨漏り、そして停電だ。


断水に関しては、風呂桶に水をはったり、既に購入済みのペットボトル飲料水×6本で対応する予定。

雨漏りも、手持ちのバケツやお客さん用にとってあるバスタオルを床に敷くなどして対応出来ると思う。(滅多に雨漏りはしないけれど、2年前の台風通過の際に、私の寝室天井から、ポタポタと水滴が降ってきたことがあるので、油断できない。)


一番可能性のある停電に関しては、大量に備蓄しているティーキャンドルと、玄関の靴箱に常備している小型ライトそして、電池不要の手動LEDライトで、夜間の灯り対策とすることにした。


この3つ目に挙げた手動LEDライトは、長さがわずか10㎝程度、重さもたった75gという小型の懐中電灯。ジャスト手のひらサイズだ。
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どのようにして充電するのかというと、まず側面の後方のストッパー部位を解除し、
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グリップ部分を出っ張らせる。
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そして、その出っ張った部分を親指と人差し指で軽く握ると、中の円状の部品がクルクル回転し、電気が発生。
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それを蓄電させるというもの。


この出っ張り部分を握って平らにして、また握って平にしてを繰り返すだけで、


実際にこの動作をやってみると、非常に軽くて、たいした労力も要らずにチャカチャカとスムーズに発電することが出来るので、とても楽ちん。


電池切れの心配なく、ずっと使える。


また、240lm(ルーメン)という明るさで光るので、小型のデスクライト程度の明るさで暗闇を照らしてくれる。
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防災時用に予備の電池は持っておいた方がもちろん良いけれど、電池不要の防災アイテムをいくつか揃えておくことで、万が一にも電池切れでアタフタしてしまったり、そのことでエネルギーを取られたりせずに済むので、安心度が違う。


備えあれば憂いなし。


やはり電池フリーの防災グッズを揃えていって、災害時に対処しようと思う。





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先日、我が子のお金の使い道に関して、痛い経験をさせた方が良いかもしれない、と思う出来事があった。


我が家は、子どものお小遣いは、年俸制を取っている。


聴こえはかっこいいけれど、ようするに毎月お小遣いをいちいちあげるのが面倒くさいので、1年の初めに一度に与えてしまおう、という試み。


基本的に、1学年上がるにつれて100円を加算して、それに12か月分をかけた額を、1月に手渡している。


この年俸制は、親もラクだし、子どもは「やりくり」やお金を使う額や頻度などを、年ベースで自分で考えながら管理できるので、双方にとってメリットがあると思って実行している。


その他に、お盆休みに帰省した時に、実家から臨時でお小遣いをもらったりすることもあるので、我が子のお小遣いは、基本的には、私からもらう「年俸」と、その他の「臨時収入」が全てだ。


学年が上がるにつれて、放課後や休みの日にお友達と遊びに行くことも増え、ショッピングセンターに行ったり、一丁前にコメダ珈琲でお茶をしたり、子ども同士で映画館に行くようにもなってきた。


なので、我が子のお小遣い管理は、かなり日頃からしっかりやっていないと、年末に近づくにつれて足りなくなってしまうという危機と隣り合わせ。


さて、先日のこと。


我が子は、半年くらい前からコンパスというスマホ用のオンラインアクション対戦ゲームにハマっている。
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基本的に、朝起きてから夜寝るまで、学校に行っている時間と宿題をしている時間以外は、ずーっとコンパス漬けの状態が続いていた。


このゲームは、他のゲームアプリと同様に、課金することで、無料では味わえない楽しい体験ができる。


私は、このゲーム自体には詳しくないので、システムなどの詳細の説明は割愛するけれど、コンパスの場合は、バトルをサポートするカード引き当てるために、ガチャを引く必要があるとのこと。


このガチャは、ビットマネーを使って引くことができ、課金することでより多くのガチャが引けるのだそう。


このコンパスで、もっと楽しい体験がしたくて仕方がない我が子は、残り少なくなってきている自分のお小遣いの内なけなしの3,000円を使って、自らiTunesカードを買いに行った。(しかも、お店でSuicaで支払えないことが判明し、一度帰宅した後、もう一度現金を手にコンビニへと向かったほど。)


そして、期待いっぱいに3000円分のガチャを引きまくったところ。。。


自分の求めていたカードが1枚も出ることなく、ガチャは終了。


欲しいものが引けなかった落胆と、貴重な3000円を失ってしまったことのショックで、我が子は号泣。


リビングでコンパスをやっていたのだけれど、ショックがあまりにも大きすぎたようで、ふらふらと自分の部屋に行き、そのまま引きこもってしまい、その後2時間自室で大きな声で泣きじゃくっていた。


うちの子は、負けず嫌いなので、だいたい泣く時というのは90%悔し泣きだ。


今回の場合もその典型で、親としては、「残念だったね」と言って慰めるしか術がない。


そして、思う存分泣き終わったところで、今回の一件の感想を聞いてみたところ、かなり精神的に応えたようで、ゲーム課金がトラウマになってしまったような印象。


なので、親として、こんなアドバイスをしてみた。


「自分のお小遣いなので、自分で使い道や使う機会を決めたらいいけれど、お金を使った後に悲しかったり悔しい思いをする可能性が高いものへの出費に関しては、よくよく考えてから決めた方がいいよ。」



普段は反抗的な態度に出る我が子も、生々しい心の傷を負ったばかりなので、いつもとは違って神妙かつ素直に、私のアドバイスに耳を傾けてくれた。


今回の出来事は、子どもが自分でお金を使う際には、慎重になる必要があることを身をもって体験させてくれ、学ぶことが出来た機会なったことは間違いない。


3000円という損失は大きいけれど、時には2時間も号泣してしまうほどの強い後悔の念を抱かせないと、子どもはもちろん、良い歳した大人も、浪費に関して切実に学んでいくことは出来ないのではなかろうか。


転ばぬ先の杖でお金の管理が出来るのがベストだけれど、小学生の子どもには、まだその習慣は身についていない。お金も、自分で苦労して稼ぐのではなく、親や祖父母、周りの人が何もしなくてもくれるものという世界で生きているので、その大切さを実感できていない。


今回どぶに捨てたも同然の3000円が、最初で最後の良いレッスンになってくれていれば幸いだと思っている。


我が子には、是非、「自分を幸せにするお金の使い方」というものを、これを機に学んでいって欲しい。





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私がフリーランスに転向して、9月末でちょうど2年と6か月が経過した。


フリーランスになってすぐにやったことと言えば、個人事業主の届け出名刺作りだった。


個人事業主の届け出は、フリーランスとして働くには必須だったけれど、一方で名刺作りはどうだったのかというと、よくわからない。


フリーに転向してから、名刺交換をした回数というのは片手で数えられる回数。


私の場合、フリーランスに転向する前に、いくつかの企業などと業務委託契約を結んだり、ランサーズやクラウドワークスなどを経由して仕事の依頼を受けたりすることが多く、クライアントさんと直接対面しないで、メールやチャット、スカイプなどのやり取りで仕事を開始していくことが多い。


そのため、名刺は、フリーランスになったばかりの頃に想像していたほどは、実際には活用していないのが実情だ。


そして、今年の4月頃から始め所持品の量減らし活動の一環で、ほとんど日の目を見ないこの名刺とも向き合うことになった。


名刺を最後に使ったのがいつだったか、と思い返してみると、最後の名刺交換から少なくとも1年3ヶ月が経過していた。


つまり、名刺はほぼ不要な状態で、今現在暮らしているということになる。


物を手放す勢いがあった頃の話なので、ほぼ不要ならば、ということで、なんの躊躇もなく作成した90枚くらいの名刺と名刺入れを処分してしまった。


さて、先週の土曜日のこと、自分の事業を立ち上げたばかりの新米事業主さんが、近い将来の仕事の打診も兼ねて、遠方からわざわざ私に会いに来られる機会が出来た。


これまでチャットや電話等でコミュニケーションは取っていたとはいえ、face to faceの対面は今回が初めてとなる。


しかも、今後新規の仕事の依頼を頂くかもしれないという重要な面談だ。


そしてその面談が決まった際に私の脳裏に浮かんだのは、捨て去ってしまった名刺のことだった。


「1枚くらい取っておけばよかったかな。。。」


後悔先に立たずというのは、世界中で語り継がれる不変の真理を表すことわざ。


今回の対面を名刺無しで、潔く乗り切るか、あるいは今回のために直前で新しく作ろうか、限られた時間の中で堂々巡りでいろいろ考えた。


そして、これまで1年半名刺の出番がなかったことや、今後もきっと、低頻度でしか名刺は使用しないだろう、と推測した結果、今回の面談のたった1枚のために、今作り直すのは無駄な出費となってしまうかもしれないと思ったので、今回は名刺無しで面談に臨むことにした。


そして、迎えた対面の時。
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当然、先方は最初の挨拶時に、名刺を手渡してこられたのだけれど、私の方は、頂いた名刺に書かれた情報からうまく話題を広げることで、こちらの名刺を出さぬまま、仕事に関する本題に入ることが出来た。


そして、話の中盤辺りで、「実は、名刺は、断捨離してしまいまして。。。」とことのいきさつを正直に告白。


名刺がなくとも、普段の仕事に支障が無い現状などを告げて、先方にもなんとか不自然に思われないような印象を残すことが出来た。(と思う。)


そうして、無事、名刺無しで初顔合わせを終わらせることが出来た。


今回の場合は、私の1事例の話なので、全てのフリーランスに当てはまるかどうかはわからない。けれど、事前にメールやチャット、スカイプや電話等で連絡手段やコンタクト先を既にわかっている状況においては、名刺は特に対面時に必要不可欠なものではないように思った。


今後も、おそらく誰かに名刺を差し出される機会は、多くない頻度であるかと思うのだけれど、上記のような状況で、少ない物で効率重視で暮らしている旨を誠心誠意伝えれば、案外大丈夫なのではないかと思っている。


フリーランスにも、様々な職種の人がいるので、対面式の営業をがっつりやって、名刺をしっかり相手に渡しておく必要があるケースももちろんあると思う。


しかしそこは、ケースバイケース。私は私。


更に言えば、インターネットの利便性がこれだけ普及し、今後も今以上に普及・浸透していくことを想定すると、名刺はもはや「マストアイテム」ではない、と今回の面談の後で、改めて感じた。


私自身、名刺の有る無しよりも、話の内容の良し悪しで、仕事の依頼を決断してくれるビジネスパーソンとの方が、相性が良いと思うので、そういった方々と一緒にクオリティの高い仕事をして、相互信頼関係も高めていければと思っている。


結果として、名刺は手放してしまって支障はなかった、というのが、n=1の私の今回の出した答え。


初対面の名刺の有る無しは、お互いの価値観のすり合わせという点で、リトマス試験紙のような役割を果たすのだと思う。





Hace aproximadamente dos años, mi hija comenzó a decirme:


"¡Quiero jugar un juego contigo!"


Ella seguía diciendo esto una y otra vez.


Mi hija es una niña de primaria que adora los juegos.


Como es hija única, se dedica a jugar juegos en línea o dibujar ilustraciones cuando está en casa.


Por otro lado, me he mantenido alejado de los juegos desde que dejé de jugar un juego agrícola que disfrutaba en mi tiempo libre hace cinco años.


La razón por la que dejé de jugar es porque quería utilizar mi tiempo y energía en ganar ingresos, hacer las tareas del hogar y relajarme.


Además, la razón principal podría ser que perdí interés en los juegos que se limitan al mundo virtual.


Como no podía encontrar productividad en los juegos, incluso cuando mi hija me pidió que jugara un juego juntas, solía decir:


"En otro momento, cariño"


Yo ignoraba su invitación a jugar.


Sin embargo, aunque era renuente a los juegos, tuve un sueño largo pero humilde con respecto a los juegos.


Eso es jugar en mi vejez Dragon Quest ("Dragon Warrior" en inglés), un videojuego que jugué durante mi adolescencia con gran pasión.


Siempre han habido innumerables juegos y seguimos con muchos más.


Entre ellos, el que tuvo un gran impacto en mi juventud fue Dragon Quest, el cual jugué mucho y todavía se destaca vívidamente como un videojuego especial para mí.

Aunque no he jugado en mucho tiempo, a menudo recuerdo los hechizos del Dragon Quest, como "Sleep" o "Midheal".

Nunca hubo otro videojuego, aparte de Dragon Quest, que me haya emocionado hasta los huesos.


Entonces, me inquieté cuando escuché que se lanzaría un juego de aplicación móvil llamado "Dragon Quest Walk" este otoño.


Y finalmente ayer, decidí descargarlo, pensando "Solo un poquito".
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Es realmente raro que descargue una aplicación de juego porque no tengo interés en los juegos en general.


Tan pronto como instalé el juego, lo jugué y me emocionó su música nostálgica, imágenes y diálogo.


Mi corazón retrocedió inmediatamente en el tiempo a aquellos días de mi juventud.


Entonces, cuando mi hija regresó de la escuela, le conté sobre la aplicación del juego Dragon Quest Walk.  Se emocionó tanto que inmediatamente descargó el mismo juego en su teléfono inteligente.


Ella estaba tan feliz de que se le cumpliera al fin su sueño de poder jugar el mismo juego que yo.


Entonces, al terminar la cena, comenzamos nuestro viaje de "prueba" en el vecindario con nuestras aplicaciones de juegos.
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Al igual que Pokemon GO, este es un juego AR donde el espacio real se expande en el mundo Dragon Quest, subiendo de nivel gradualmente mientras derrotas a los monstruos y completas las misiones de cada "Quest".


Como era nuestro primer día, aumentábamos rápidamente de niveles, los cuales subieron al 4 en tan solo 30 minutos. Y entonces decidimos parar por el día.
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Anoche (nuestro segundo día) mi hija y yo continuamos jugando por el vecindario y avanzamos en nuestras misiones: luchando con los ya conocidos monstruos como Slimes y Drakees.


A decir verdad, justo antes de ir a Dragon Quest Walk, mi hija y yo tuvimos una pelea por algo trivial, pero debido a que ambas queríamos ir juntas y disfrutar de Dragon Quest Walk, decidimos reconciliarnos.


En el momento de la reconciliación, sentí que nuestra relación madre-hija mejoró significativamente.


Siento que cuando mi hija y yo estamos profundamente inmersas en el juego (en mi caso, volviendo a la mente de niña), la barrera entre nosotras desaparece durante este tiempo, y la distancia física entre mi hija y yo se vuelve mucho menor, al igual que nos acercamos mentalmente.


En cuanto a Dragon Quest Walk, decidí jugar con mi hija solo 30 minutos después de la cena.


Incluso los adultos o los padres a veces pueden tomar un respiro y volver a nuestra infancia y engancharse en el mundo del juego.


En este otoño de 2019, siento que el vínculo entre mi hija y yo se profundiza debido a nuestra nueva actividad de diversión que tenemos en común.

2年くらい前から、子どもに、


「一緒に遊べるゲームがしたい!」


と言われ続けてきた。


うちの子は、ごく普通のゲーム好きの小学生。


兄弟姉妹がいないので、基本、家にいる時は、一人で何かしらのオンラインゲームをしているか、絵を描いている。


かたや私は、5年前に暇つぶしにやっていた牧場ゲームを卒業して以来、ゲームとは遠ざかった生活を送ってきた。


理由は、やはり、生活費を稼いだり、家事をしたり、のんびりくつろいだりする方に時間やエネルギーを費やしたかったから。


それから、仮想の世界でしかない「ゲーム」にあまり興味を持てなくなってしまったというのが、一番の理由かもしれない。


ゲームに生産性を見出せなかったので、子どもから誘われても、


「そのうちね~」


とお茶を濁してきた。


そんな私にも、長年ささやかなゲームに関する夢があった。


それは、子ども時代に遊び始め、青春時代を捧げたと言っても過言ではないドラクエを、老後にのんびりプレイするとうもの。


世の中には、数多くのゲームが存在してきて、今も把握しきれないほどのゲームで溢れている。


そんな中、インプリンティング(刷り込み)効果の凄まじさを実感するのは、青春時代に一番はまったドラクエが、他のどのゲームよりもダントツ際立って「特別なゲーム」として自分の中に存在していること。


ドラクエプレーヤー現役を退いてだいぶ経つ今でも、時々、独り言で「ラリホー」「ベホイミ」を唱えてみたりするなど、お茶目なことをしているくらい。


ここまで自分の骨の髄まで浸透しきったゲームは、ドラクエを除いてはない。


なので、今年の秋に「ドラクエウォーク」というモバイルデバイス用のゲームアプリが出ると聞いて、実は内心ソワソワしていた。


そして、ついに昨日、「ちょっとだけよ」というお試しの気持ちで、ダウンロードを決行。

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ゲームに興味のなかった自分が、ゲームアプリを入れるなんて、本当に珍しいこと。


早速ちょこっとだけプレイしてみたら、懐かしい音楽や、ビジュアル、セリフ感。


心が一気に青春時代にタイプスリップしてしまった。


そして、学校から帰宅した我が子に、ドラクエウォークを始めたことを伝えたら、我が子は無条件に大喜び。すぐに子どものスマホにもダウンロードした。


ずっとずっとずーっと、私と一緒にゲームしたい、ゲームしたいと散々言い続けてきたので、ついに願いがかなったのだから、嬉しくて仕方がないようだった。


そして夕食後、二人でアプリを立ち上げて、近所をうろうろ歩いて小手試しの冒険してきた。
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このゲームは、ポケモンGOと同様に、現実の空間がドラクエの世界に展開して、モンスターを倒したり、クエストのミッションをクリアしたりしながら徐々にレベルアップしていくというARゲーム。


初日なので、レベルが上がるペースが速いようで、わずか30分くらいの間にレベルが4までに上がった。この日のプレイは一旦ここで終了。
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昨晩(2日目)も、夕食後に二人で、近所を巡って、お馴染みのスライムドラキーと闘いながら、クエストを進めた。


実は、ドラクエウォークに行く直前に、ちょっとしたことで親子喧嘩をしてしまったのだけれど、ドラクエウォークに一緒に行って楽しむために、お互いなんとか努力して仲直りをしたのだった。


仲直りの瞬間、親子関係のレベルが1つ上がったのを感じた。


二人で、夢中になって(私の場合は童心に帰って)ゲームで遊んでいると、親子の垣根がこの時間だけ消えてなくなり、子どもとの物理的な距離も心的距離もぐんと縮まっているように思う。


ドラクエウォークに関しては、夕食後の30分だけ、気が向いた時に子どもと一緒にプレイすることにした。


大人だって、親だって、時々、息抜きしたり、童心に戻ってゲームの世界で夢中になってもいいんだ。


子どもとの共通のお楽しみが出来たことで、親子の絆の深まりも感じる2019年の秋。







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イタリア語で、炭酸水のことをacqua gassataという。


私は炭酸水が大好きで、日々の生活の中で湧き出る泡のような思いを、空気中にシュワシュワっと放出するように綴りたいという、このブログのコンセプトとしても採用しているほど。


そんな炭酸水のケース買いを、季節外れになりかけの今、今年最後と覚悟して決行した。
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きっかけは、先日、梅雨明け以降ほぼ毎日お世話になっていた電動かき氷機を戸棚の奥にしまって、夏に終わりを告げたこと。


最近めっきり涼しくなってきて、これ以降、もうかき氷は食べないな、と思ったから。


この決断は正解ではあったのだけれど、実は中途半端に余ってしまったかき氷シロップがある。
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捨ててしまおうか、来年の夏までとっておこうか、迷ったけれど、どちらも嫌。


「今年のシロップ、今年のうちに」をモットーに、今の分は今消耗してしまいたい派なので、邪道と知りつつも、炭酸水で割って飲んで消耗することにした。
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炭酸水は重たいし、ケース買いの方が1本当たりの値段が76円~80円前後と安価で買えるので、こういった理由で、今年最後の炭酸泉の大人買いをすることになったという次第。


秋といっても、今はまだ日中の最高気温は28℃にまで上がるので、少し蒸し暑さを感じる昼下がりや、夕方のウォーキングの後に、シュワシュワっと余ったブルーハワイのシロップを炭酸水で割って、ゴクゴクので消耗していくつもりだ。

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ちなみに、NHKのバラエティ番組『チコちゃんに叱られる!』の7月27日の放送内容によると、ブルーハワイは味の決まりがないらしく、ソーダ風味、トロピカル風味、ピーチ風味など謎めいた魅惑の味なのだそう。


なので、買ってのお楽しみ派の私は、シロップはワクワク感を重視してブルーハワイを買うことが多い。


炭酸水は、実は髪を洗う際にも使ってみたい、とかねてから秘かに思っていたので、これだけ大量に買い込んでしまった今、近日中に是非トライしてみる予定。


過ぎ去ってしまった夏の名残りを残像のように脳裏に描きながら、今日もブルーハワイの炭酸水割りで爽やかな秋の一日を過ごしたい。







昨日は、待ちに待った「秋分の日」だった。


私は毎年、秋の時期に、意味もなく気持ちが低空飛行、というかブルーになってしまう傾向がある。


これは、季節性うつ病と呼ばれている心理状態の軽度な症状なのではないかと思っている。



これからその苦手(というか嫌い)な秋が深まり、寒く辛い冬がやってくるにもかかわらず、なぜ待ちに待っていたのかというと、玄関の置物をそろそろ変えたいと思っていたから。


私はズボラなので、不必要な行動はなるべく避ける傾向がある。


インテリアをマメに変えるとか、模様替えを頻繁にするとか、基本的にはあまりしない。日めくりカレンダーを毎日めくるのも面倒くさいと感じるタイプ。


でも、ズボラなりに、玄関の靴箱の上の空間の飾りは、年に数回変えるようにしている。


面倒くさがりではあるものの、メリハリ付けが命のようなところも持ち合わせているので。


そんなズボラ&メリハリ・ハイブリッド人間の私としては、暦の変化を、自分の重い腰を上げるための「てこ」のように使いたいと考えている。


そこで、待ちに待っていた秋分の日に、初夏から夏にかけてヒマワリを飾っていた玄関の置物を、秋っぽいものに変えた。

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真ん中のカボチャの上に、りんごと秋らしい植物をあしらった置物はニトリで購入したもの。


ほどよい存在感で、気に入っている。


それ以外は、通年飾っているけれど、鮮やかな色彩が秋に同調していて、季節性うつ気味の心をぱっと明るくしてくれる。


右隣の人形は、メキシコ人の友人からプレゼントされたMexican Rag Doll(muñecas de trapo)と呼ばれる布製ぬいぐるみ人形。
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色彩豊かなメキシコの先住民族衣装を着た人形で、メキシコを訪れたことのある人ならば、一度は目にしたことがあるのではなかろうか。


この人形は通年飾っているとはいえ、11月の初めには、メキシコで『死者の日』という祝日が盛大に祝われることもあり、シンクロしていてこの季節にベストマッチしていると思っている。


12月になったら、飾りをクリスマスのものに変える予定。お正月には正月飾りに、正月明けから冬そして春の間は特に何も飾らずズボラを満喫すると共にエネルギーを温存して、5月くらいに白っぽいお花を、梅雨明けしたらヒマワリの花を飾るようにしている。


なので、ちょうど年に5回、玄関の置物を変えていることになる。


本当は、もっと、細かく分けて、「節分」「ひな祭り」「桜」「紫陽花」などもプラスして、季節に合った置物を変えて、より細かな季節の変化を楽しむことも出来るのだろうけれど、ズボラな私には、年に5回くらいが適正頻度ではないかと思っている。


飾りを一切排除してしまうのは、物も減るし、手間も減るし、良いことづくしなのかもしれないけれど、生活が単調かつ味気なくなってしまうような気もするので、私は、玄関先という限られた空間で、最低限の季節感を楽しんでいきたい。


季節性のうつのような心理状態に陥りやすい苦手な秋を、どう快適に乗り切るか、これは毎年降りかかってくる私の課題だけれど、玄関先に色彩の変化を取り入れたり、カーテンを取り去ることで、日の光をたくさん室内に取り入れたりすることで、少しでも心が上向きになれば嬉しい限り。





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