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先週末の猛烈台風の襲来と、それに重なるようにして来た長時間の集中力を要する仕事の依頼のダブルパンチで、昨日までの3日間、睡眠と食事の時間以外はずっと家にこもりきりで、仕事三昧の日々を送っていた。


台風が去り、仕事も無事完了したところで、ふと我に返り、周りを見渡してみると、週末をはさんでずいぶんと状況や心境が変わってしまっている。


まずは、想像以上の台風の被害。


前回の台風15号通過の際にも、千葉県を中心に甚大な被害が出たけれど、今回の台風の被災エリアは広大で、被害も数日で回復できるようなものではない状況だ。


3日間集中しまくって仕事を終えたばかりなので、自分自身も燃え尽き症候群のような症状で疲れ切ってしまっていることもあって、脳が正常に機能していないような感覚を覚える。


ブログを書こうにも、気持ちがブログへと向かわない。


そして、ハタと気づいた。


10月は神無月じゃないか!


神無月は、読んで字のごとく「神様がいない月」。


「神無月」の言葉の由来は、暮らしの歳時記というサイトには下記のように書かれている




10月は全国の八百万の神様が、一部の留守神様を残して出雲大社(島根県出雲市)へ会議に出かけてしまうと考えられてきました。
その為、神様が出かけてしまう国では神様がいないので「神無月」、反対に出雲の国(島根県)では神様がたくさんいらっしゃるので「神在月」というわけです。

 

ブロガーではない私は、ブログを、インターネットの中に神様に、日ごろの感謝の意や、商売繁盛祈願をするために記事を奉納する場という風に考えている。


なので、奉納の舞として、可能な限り頻繁に記事のを投稿することで、この神事を細々と執り行ってきたわけだけれども、ここにきて、ふと、「神様、今不在じゃないか」ということに気づいてしまった。


なので、せっかくの奉納も、神様に届いていないような気がして、急遽今月は、私自身も「記事無月」にすることにした。


これは半分言い訳のようなもので、本当は「忙しさ」「休みたさ」の両方の要素を抱えてる上に、テレビやインターネットを通じて目にする台風の生々しい傷跡や痛々しい被災地の惨状に、少なからずメンタルをやられてしまっていているから、というのが理由でもある。


自分自身が元気でないと、奉納の舞も、腐った力のないものとなってしまう。それではやる意味もない。


そんな状況を素直に受け入れて、10月の後半は、ブログの投稿をお休みしようと思っている。


神様たちもきっと、出雲の国でへべれけだし、私も、温泉に浸かったり、部屋の片づけなどをしたり、愛猫とまったりしたり、普段あまりできていない読書に時間を当てたりして、自分の隙間時間をブログ以外のことに使ってみようと思う。


11月は、「霜月」の他にも「神楽月(かぐらづき)」とも呼ばれるらしい。


神様が楽しめるよう、10月はしっかり休んで充電して、台風ショックから少しでも回復し、神楽月には心身ともにフレッシュスタートしたい。