さて、今日は11月20日(水)。


先週の水曜日に子供部屋を「意図的に放棄」してから、ちょうど1週間経った。


この1週間、私が手を加えない子供部屋は、一体どんな状態になるのだろう?と、ハラハラドキドキしながら過ごした。


前回のブログ記事で、「これは自分との戦いでもある」と書いたけれど、この7日間、子供部屋を片付ける手間がない分、体は(多少)楽だったものの、心は「掃除したい!片付けたい!」との思いで、まさに葛藤の日々だった。


結局、結果を言ってしまえば、「完全放置」というのは私には無理だ、ということがわかった。


子供の居ぬ間や、本人の目の前で、我慢できずにほんの少し片づけをしてしまったし、手は出さないものの、口はしっかり出してしまった、というのが今回の試みの結果だ。(まるでダイエットみたい)


つまり「完全放置」という点からは、今回の試みは失敗に終わった。


そして、これが、今朝子供が登校した後の子供部屋の様子。
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ベッドはぐちゃぐちゃだけれど、床には物が落ちていない。


(その代わり、脱ぎ捨てた服は棚の上に無造作に置かれた状態だった。まあ、床の上よりはましなのかな。)
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これは、夏明けから2日に一度のペースでやってもらっている子供自身の子供部屋掃除リストの今朝の掃除の種類が、たまたま「床の拭き掃除」だったから、というのが運よく子供部屋放置企画の最終日に重なったからかもしれない。
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ちなみに、この1週間、子供部屋の床が、今朝ほどスッキリしていたことは一度もなかった。


どちらかというと、床も、その他の場所も、けっこう散らかっていた状態が続いていた。


なので、最終日になって片付いたのは、掃除リストという偶然のもたらした奇跡の瞬間なのかもしれない。


さて、この1週間、私が子供部屋の片付けの手を休めていた間に感じたことがいくつかある。


1つ目は、「快適さ」というのは主観であるということの認識。


私は、スッキリと片付いた部屋や空間が居心地が良く、快適だと感じる。


でも、脱いだ服や靴下は脱ぎっぱなし、布団もぐちゃぐちゃ、ランドセルも床に置きっぱなし/開きっぱなし、鼻をかんだティッシュもそのまま放置とい状態で、快適そうに鼻歌を歌ってご機嫌でいられる我が子の様子を見て、「自分とは感覚/感性が違うんだ」と改めて気づいた。


結局は、本人が快適でストレスが少なく、勉学に勤しめて、夜も快眠、朝の目覚めも良く、ご機嫌で暮らしていければ、それが本人にとって(ひいては私にとっても)ベストなんじゃないか、と思うようになった。


2つ目は、「親離れ・子離れ」ということを意識した1週間だったということ。


幼稚園から小学校への移行は、まだ年齢が幼すぎる故に子供に生活面での自立や自己管理を任せられるという段階ではないので、基本的に、親が子供部屋や生活面での世話や管理を継続して行うという感じが一般的だと思う。


でも、今は年齢も上がって、学校の授業に「家庭科」がある以上「自分の生活の管理は自分で」方式に移行していった方が良いのかもしれない、とこの1週間で感じるようになった。


というのも、ここ数年の私の口癖は「赤ちゃんじゃないんだから、(自分のことは自分でやって)」だからだ。


「赤ちゃんじゃないんだから」とブツブツ口では言いながらも、私自身が、子供の世話をやってしまうことが多かった。


学校からの配布物をその日のうちに出さない我が子にイライラを募らせ爆発するくらいなら、自分でランドセルを探ってプリント類を入手した方が楽だからそうする、という具合に。


でもこれだと、いつまで経っても、子供は「結局、親がやってくれるんだろう。(だから先延ばしにしてもいいや)」と勘違いしてゲームやYouTubeを優先させる習慣を続けてしまうことになる。


なので、これからは、子供がいつか一人暮らしをするんだ、ということを'想像'しながら、なるべく手を貸さないで子育てをしていこうと思うようになった。


3つ目は、出来たことをもっと口に出して誉めてあげよう、と実感したこと。


子供部屋初日に、床にほっぽってあった使用済み靴下を、私はあえてそのまま放置したのだけれど、その靴下は2日後くらいに、洗濯物の中に発見したので、子供が自ら洗濯ネットに入れたということになる。


そこで、その点に関して、とてもしっかりと誉めてあげた。


結果、それが良かったのか、その後、洗濯物、特に細かい靴下などに関しては、私に言われなくとも自分から洗濯ネットに入れてくれるようになった。


これまで、私がイチイチ部屋に行って、ベッドの下や掛け布団の中を隈なく探し回って回収していたことを考えると、画期的な変化がもたらされたことになる。(これが続けば。。。)


きっと靴下の数を減らせば、洗われたきれいな靴下がなくなってしまうので、「そこらへんに放置」も、実質不可能になってくると思う。


人間、苦手なことに関しては、ある程度追い込まれないとやらない、という性質を考えると、靴下の数を減らしてみるのも効果的なのかもしれない。


そして、今回の1週間子供部屋放置実験を終えてみて、このまま、この放置を継続してみようと思った。


ただし、「手は貸さずに口を出す」という条件付きでの継続となる。


最終的には子供自身でバッチリ部屋の片づけや物の管理が出来るようになるように仕向けるという理想は掲げつつも、最初は口を出しつつ、徐々に口出しをなくしていく作戦。


そこで私が今考えているのが、子供が登校する2分前に、子供に「部屋きれい?」という質問をしてみる、というもの。


この質問に、子供がどう向き合うか。


汚かったら(具体的には、"散らかっていたら")、2分あったらパパっと片づけられるはずだし、きれいだったら、自信を持って「うん」と言えるはず。


基本的に、2日に一度の頻度で「子供部屋のプチ掃除」はしてもらっているので、「壊滅的な不衛生状態」というのは避けられると思っている。


なので、今後は、この「子供によるプチ掃除」+「部屋きれい?」という朝の魔法の声掛けで、子供部屋放置実験を続けていく計画だ。


子供はまだあどけなく幼いので、今後部屋をどう管理していくのか、自分の生活をどう律していくのかはわからないけれど、なるべく手を貸さずに、忍耐強く見守っていくつもり。


最終的には、子供の主観も大切にしつつ、親も子も、住環境に関してのストレスの無い状態で暮らしていけるのがベストであり、目標でもある。


そこを目指して、頑張るぞ!